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KOBEZINE

INTERVIEW

2026.3.2

名もなき通りが”ピンクストリート”になるまで〜三宮と北野の間で新しい神戸をつくろうとする3人の店主たち

Text&Edit_伊藤 富雄  / Photo_相澤 誠(ADW Inc.)

海と山が迫る港町、神戸。古くから異文化を柔軟に受け入れてきたこの街の中心地・三宮から山手幹線を越え、異人館が建ち並ぶ北野へと向かう途中に、知る人ぞ知る静かな横筋があります。

ハンター坂や北野坂といったメジャーな通りから少し外れたこの場所に近年、独自の哲学を持った感度の高い飲食店が次々とオープンし、美食家たちの間で密かな注目を集めています。彼らは自らこの通りを「ピンクストリート」と名付け、新しいカルチャーを発信し始めました。

今回は、このストリートの熱気を牽引する3人の店主にお集まりいただき、KOBEZINE主宰の安藤が、店づくりの背景や街に対する熱い思い、そして「ピンクストリート」が目指す未来像についてお話を伺いました。

対談の前に、まずはこのストリートを彩る3つの個性溢れる名店を紹介しておきます。

【ピンクストリートを彩る3つの名店】

吉川修司さん(Cuisine Passe Partout)

2022年6月に開業した神戸・中山手通のフレンチ惣菜店。朝9時オープンで、本格的なデリとワインを楽しむ新しい「朝飲み」を提案。神戸の名店で腕を磨いたシェフが作る地元のお野菜を使ったお惣菜などが人気。

福田評衛さん(HYOE’S BURGERS + FRIES)

2019年オープンのハンバーガー百名店。2020年にピンクストリートに移転。カナダで研鑽を積んだオーナーが手掛け、牛肉100%スマッシュパティと特注バンズが絶妙。北海道直送ポテトや海外パブ風の洗練された空間も魅力。

福丸達也さん(MARCO)

2020年オープンの隠れ家鉄板焼き店。鉄板焼一筋20年以上のシェフが、自ら牧場に足を運び厳選する極上の神戸ビーフや新鮮な海鮮を提供。ソムリエ資格を持つ奥様が選ぶワインと共に上質な時間を堪能できます。

「お肉のロゼ色」から始まった通りの名付け

港町特有の心地よい風が吹き抜ける午後、対談は和やかな雰囲気の中でスタートしました。3人の店主たちは、普段から仕事終わりに鍋を囲むなど、気心の知れた間柄だといいます。

ーーこの横筋を「ピンクストリート」と名付けたのは吉川さんだと伺っています。まずはその由来から教えてください。

吉川さん「ほぼ僕が言い出しっぺですね(笑)。由来はとてもシンプルで、この通りにあるお店のラインナップから着想を得ました。ハンバーガーやステーキ、フレンチなど、見渡せばお肉の料理を出しているお店が非常に多いんです。そこから、お肉をきれいに焼き上げたときの、あの美しい『ロゼ(ピンク)色』をベースのコンセプトに据えました。」

絶妙な火入れが生み出す、お肉の焼き色。なるほど、料理人ならではの視点です。しかし、名前の由来はそれだけにとどまりません。

吉川さん「『ピンク』という色が持つ意味を深掘りしていくと、すごくポジティブで面白いんです。『無邪気さ』や『情熱的』といった明るい意味がある一方で、『老舗の懐かしさ』や『新しい勢い』という相反するイメージも内包している。昔から地元の人たちに愛されているディープな老舗と、新しい店が混在するこのカオスな多様性が、まさにこの街の性質にぴったりだと感じました。」

色の持つ意味と街の性質がリンクしているとは、なかなか興味深い話です。お二人は最初にこの名前を聞いたとき、どのような印象を持たれたのでしょうか。

福丸さん「営業が終わった後にみんなでバーベキューや鍋をつついていた時に、『この通りにまだ名前がないから、何かつけたいよね』という話題になって。その流れで吉川さんがピンクの話をしてくれて、満場一致で『それ、いいっすね!』とノリで決まっていった感覚です。最初は手作りの小さなA看板を道端に置いて『ピンクロード』と呼んでいた草の根活動でしたね。」

吉川さん「そうそう。でも後になって誰かから『ロードというのはトアロードのように南北の筋のことで、東西の横筋はストリートで揃えた方が神戸らしい』とアドバイスを受けて。それで、途中でこっそりと『ピンクストリート』に書き直したという裏話があります。」

「ロード」と「ストリート」の使い分けに神戸の土地柄がにじむエピソードですが、福丸さんはこの名前を聞く前に、すでにA看板の存在に気づいていたそうです。

福丸さん「吉川さんから直接話を聞く前に、すでにそのA看板が道に置かれているのを遠巻きに見ていました(笑)。でも後日、ピンクストリートに込めた思いや、ポルトガルの『リスボン』の話を聞いて、一気に共感したんです。」

吉川さんの頭の中には、ある壮大なイメージがありました。かつて大航海時代に栄え、その後衰退したポルトガルの首都リスボン。その一角にある通りが、アーティストの手によって路面を鮮やかなピンク色に塗り替えられたことで、世界中から観光客が集まる人気スポットとして見事な復活を遂げたという有名なストーリーです。吉川さんは、いつかこの神戸の通りもリスボンのように盛り上げたいという野望を温めていたのです。

安藤「トレンドを発信する場所として、エリアに名前をつけるのはすごく重要です。神戸なら『トアウエスト』、東京なら『裏原宿』のように、名前がつくことでそこに独自のカルチャーが可視化され、人が集まる理由になりますからね。」

たしかに、名前のない通りは記憶にも残りにくい。しかし、名前がつくことで人はその場所を「目的地」として認識し、わざわざ足を運ぶようになります。「ピンクストリート」という響きには、華やかさと親しみやすさが同居していて、まだ見ぬ人の好奇心をくすぐる力があるように思えます。

中心街から外れた場所を、あえて選んだ理由

彼らがお店をオープンしたのは2019年から2022年にかけてのこと。まさに新型コロナウイルスの影響が影を落としていた時期と重なります。三宮の中心地からは少し離れた、静かな山手エリアを選んだのには、それぞれの理由がありました。

ーー皆さんがお店をオープンされたのは三宮の中心地から少し離れていますが、なぜこの場所を選んだのでしょうか。

福田さん「僕は三宮の出身なんですが、ハンバーガー店で独立を考えていた時、近くにあるバーバーショップでよく顔を合わせていた仲間が『ジーザスピザ』というピザ屋をこの近くにオープンさせたんです。当時の僕は、『こんな中心から外れた場所でお客さんが来るのか』と半信半疑でした。ところが、いざ彼らがオープンしてみると、連日若い子たちが大行列を作っていた。」

その光景を見て、福田さんの中で消費者行動に対する認識が一変したといいます。

福田さん「今の若い世代はたまたま開いている店にフラッと入るのではなく、SNSで事前にしっかり調べ上げて、明確な『目的』を持ってわざわざ足を運んでくれるのだと気づきました。三宮駅から歩いて10分弱のこの場所での出店を決めたのは、その確信があったからです。」

時代の変化とともに、消費者の行動も変わっています。大丸や阪急といった巨大なターミナル百貨店が街の回遊のハブとして機能する一方で、路地裏の個店はSNSという武器を手に「目的地」としての価値を高めていました。

福丸さん「僕の場合は、独立して鉄板焼きの店をやるにあたり、駅周辺の賑やかな鉄板焼き屋とは違うアプローチをしたかったんです。ゆっくりとソムリエ厳選のワインを飲みながら、極上のお肉を味わっていただくという、少し非日常的なコンセプトを掲げていました。そのため、中心街の喧騒をあえて避け、古くから落ち着いたカルチャーが根付いている山手エリアに強く惹かれました。路面のカウンターだけで営業したいと思っていたので、少し奥まった今の物件を見た時は、思い描いていたイメージにぴったりで即決しましたね。」

吉川さん「僕は料理人として22年、独立して3年半になりますが、物件を探す際は最初から『山手幹線から北側のライン』とピンポイントで絞り込んでいました。たまたま見つけた今の物件は、最初は壁すらなく、ただ大きな穴が開いているだけの汚いガレージだったんです。全くレストランのイメージが湧かずに一度は見送ったのですが、不動産屋さんに説得されて見直すうちに『ここをこうすればいけるんじゃないか』と良いポイントが浮かび上がってきて。今ではすっかり気に入っています。」

三者三様のストーリーですが、共通しているのは、中心街でなくとも勝負できるという確信を持って、この場所に根を下ろしたこと。いわば「立地で集客する」のではなく、「料理で人を呼ぶ」という覚悟の表れとも言えそうです。

ところで、吉川さんのCuisine Passe Partoutは朝9時から開けて本格的なフレンチ惣菜とワインを提供するという、神戸でも非常に珍しい業態です。この「朝飲み」スタイルは、どのような経緯で生まれたのでしょうか。

吉川さん「実は、最初は『早く家に帰って子育てをしたい』という自分の家庭の都合が一番の理由だったんです(笑)。そこで先に『朝9時オープン』という営業時間を決めました。10時オープンだと遅いと思われるかもしれないけれど、9時なら『早いね』とポジティブに受け止めてもらえるだろうと計算して。夜に営業するビストロは山ほどありますが、朝から本格的なフレンチのお惣菜を持ち帰れるお店は、神戸には意外となかったんです。イートインスペースでお酒も飲めるスタイルにした結果、『休日の朝から美味しいデリをつまみにシャンパンを開けたい』というお客様が増え、全く新しい『朝飲み』の需要を掘り起こすことができました。」

休日の朝、静かなストリートのテラス席で冷えたシャンパンのグラスを傾ける。そんな優雅な光景が、神戸の新しいカルチャーとして定着しつつあるのだとすると、それはとても素敵なことです。「子育てのため」という実に人間的な動機から生まれた営業スタイルが、結果的に街に新しい文化を根付かせているのですから、商売とはつくづく面白いものです。

住宅街との共生、路地裏の個店が抱えるリアルな苦労

SNSの普及や口コミにより、連日多くの客が訪れるようになったピンクストリート。しかし、閑静な住宅街という立地ゆえの悩みも尽きません。目的を持ったお客様が集まる一方で、この場所ならではの苦労もあるはずです。

福田さん「やはり、近隣にお住まいの方々との『共生』には常に神経を尖らせています。うちの場合、ありがたいことに若いお客様がたくさん来てくださるのですが、道幅が狭く、並んでお待ちいただくスペースが十分にないんです。過去には近隣のマンションから、匂いや行列に対するご指摘を受けたこともあります。一番焦ったのは、マンションの大家さんと警察、そして市の環境局の担当者が、同時に店にやって来られた時ですね。そこは言い訳をせずクレームを真摯に受け止め、カラーコーンを設置して導線を整理するなど、周囲にご迷惑をかけないよう常に改善を重ねています。」

行列ができるほどの人気というのは嬉しい反面、住宅街の中にある個店にとっては、そのまま近隣トラブルの種になりかねません。この一件では、大いに反省するとともに以後の教訓とされています。

福丸さん「僕のお店の苦労で言うと、駅から少し距離があるため、真夏や真冬の時期はご年配のお客様から『タクシーに乗るほどでもないけど、歩いてくるには遠いよ』と冗談交じりにお叱りを受けることがありますね。ただ、その分落ち着いた環境が保たれているので、わざわざ足を運んでくださる方には最高の料理で恩返ししたいと思っています。」

吉川さん「『ピンクストリート』という名前を掲げて活動していく上でも、飲食店だけが勝手に盛り上がればいいというものではありません。地元で暮らしている住民の方々に納得していただき、応援してもらうことが何よりも大切です。去年の夏の終わりには、この通りでちょっとしたお祭りのようなイベントを開催しました。近所の子どもたちも遊びに来てくれて、そうやって少しずつ、街のコミュニティの一部として認めてもらえたらと願っています。」

飲食店の集積が進むことで街が活気づく一方、そこに暮らす住民の日常が脅かされるようでは本末転倒です。吉川さんが語る「住民に応援してもらうこと」の大切さは、ピンクストリートが一過性のブームではなく、地に足のついた「まちづくり」として成長していくための、最も重要な土台と言えるのではないでしょうか。

子どもたちがお祭りに遊びに来てくれたというエピソードは、その土台がすでに少しずつ築かれ始めていることを示しています。

飲食だけじゃない。「回遊のまち」への展望

対談の終盤、話題はピンクストリートの未来、そして神戸という街全体のビジョンへと広がっていきました。これからこの通りにどんな新しいお店が増えてほしいのか。3人の答えには、それぞれの個性がくっきりと表れていました。

吉川さん「僕は完全に個人的な願望ですが、飛び切り美味しい『焼き鳥屋』さんに来てほしいですね。自分が食べに行きたいだけなんですけど(笑)。」

福丸さん「私は、あえて飲食以外の店舗が少し出来たらおもしろいと思います。例えば、こだわりのおしゃれな眼鏡屋さんなど。美食のストリートとして認知されていくのは素晴らしいことですが、食べる目的以外の時でも『軽く立ち寄ろう』と思えるような、用途の幅が広がるお店があれば、街としての回遊性や厚みがグッと増すと思います。」

この福丸さんの視点には、ハッとさせられます。飲食店が集まることでストリートとしての認知度は上がりますが、「食」だけに特化してしまうと、訪れる動機がどうしても限定されてしまう。飲食以外のカルチャーが混ざることで、ストリートが「食べに行く場所」から「過ごしに行く場所」へと進化する。それはまさに、街としての厚みが増すということです。

福田さん「食以外のカルチャーが混ざることで、街はもっと面白くなりますね。飲食の面で言えば、このすぐ近くにある『バジェ サグラード』というクラフトビール専門店は、まさにこのストリートのハブ的な役割を果たしてくれています。他店でテイクアウトした食べ物を持ち込んでビールを楽しんでいいというシステムで、吉川さんの惣菜やHYOE’Sのハンバーガーを持ち込むお客様もいる。そうした店同士の垣根を超えた相乗効果が生まれているのは、このストリートならではの最高の強みです。」

ここで語られている「バジェ サグラード」の存在は、とても象徴的です。ひとつの店で完結するのではなく、複数の店をまたいで楽しむ。フレンチ惣菜をテイクアウトしてクラフトビールの店で味わう、あるいはハンバーガーを持ち込んで一杯やる。そうした「ハシゴ」の動線が自然に生まれていること自体が、ピンクストリートが単なる飲食店の集まりではなく、ひとつの「エコシステム」として機能し始めている証拠ではないでしょうか。

三宮と北野をつなぐ「送りバント」の道

ーー最後に、このピンクストリートが目指す最終的な展望をお聞かせください。

安藤「アメリカのニューヨークに『ミートパッキング・ディストリクト』というエリアがあるんです。昔は食肉工場などが集まる廃れた場所だったんですが、行政と民間が協力してリノベーションし、今では最高にカッコいい観光スポットになっています。」

吉川さん「ピンクストリートも、いつかそこまで行けたらいいなと夢見ています。神戸という街は、海側に三宮や元町という巨大な商業エリアがあり、山側には異人館が並ぶ北野という観光エリアがあります。このピンクストリートはちょうどその中間に位置している。だからこそ、この道が北野から三宮にかけて、人が歩いて回遊する途中の『つなぎの道』になればいいなと思っています。」

リスボンのピンクストリートに続いて、今度はニューヨークのミートパッキング・ディストリクト。吉川さんたちの視野は常に海外の成功事例に開かれていて、それを地元神戸のスケールに落とし込もうとしているところに、そのビジョンの大きさを感じます。

さらに安藤が「ちょうど、うちの店がある三宮センター街の3丁目が、元町と三宮の中心街をつなぐ『送りバント』のような役割を果たしているように、ここも山側と中心街をなめらかにつなぐストリートになるわけですね」と重ねると、吉川さんは大きく頷きました。

吉川さん「まさにその通りです。素通りされる道ではなく、観光で訪れた人がディープな名店を見つけたり、地元の人が新しいお店を発見したりする。そのための具体的な仕掛けとして、例えば『ピンクパスポート』のようなものを作って、近隣住民の方に割引などの特典を提供するのも面白いアイデアだと思っています。街の人たちにも一緒にこのストリートを楽しんでもらえるような仕組みを、少しずつ形にしていきたいですね。」

住民を単なる「近隣の方々」としてではなく、ストリートの当事者として巻き込んでいく。それは先ほどの「住宅街との共生」の話とも通底していて、地域を味方につけるという発想が一貫しています。

そして吉川さんは、最後にこう締めくくりました。

吉川さん「そしていつの日か、本当にリスボンのように道がピンクに塗られ、地元の人にも観光客にも愛される神戸の新しいランドマークとして定着する日を本気で目指しています。」

街は人がつくる。巨大な商業施設だけでなく、路地裏で情熱を燃やす個店同士の繋がりが、神戸という街のリアルな体温となり、新たなカルチャーを生み出していく。そのことを、3人の店主の言葉を通じてあらためて実感させられた対談でした。

三宮から北野へ向かって坂を上る際は、ぜひこの「ピンクストリート」を歩いてみてください。そこにはきっと、五感を揺さぶる美味しい出会いと、街を面白くしようと企む店主たちの笑顔が待っているはずです。

三宮一貫樓 安藤からひとこと

今回のKOBEZINEいかがでしたか。 「ピンクストリート」は今回お話しいただいたお三人のお店以外にも有能なタレントたちが軒を連ねている、神戸でも稀有な通りとして名前が付く前から個人的に注目をしていました。

三宮、元町、北野、南京町が神戸のメジャーコンテンツであり、ガイドブックでも多くのページを割くような街です。

かたやピンクストリートはガイドブックには載らないようなエリアではありますが、ひとたびその魅力に気づいてしまうと、むしろ載ることを望まない自分がいます(笑)

ビギナーに荒らされることなく、一通りA面の神戸で遊んで、目の肥えた観光客や未訪の神戸市民の方にシミジミと楽しんでいただきたいそんな裏道です。

KOBEZINE読者の皆様には、宝探しをする感覚でピンクストリートを歩いていただきたい。心からそう願ってやみません。

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